こんにちは!takochiです♪

 

宮崎駿監督の「風立ちぬ」ご覧になりましたか?

原作・脚本・監督 、すべてが宮崎駿の平成最後の長編作品ですね。

 

映像の美しさもさることながら、この映画のために作られたのではないかと思うほどピッタリな挿入歌、ユーミンの「ひこうき雲」が本当に素敵ですよね^^

 

この作品の主人公である堀越二郎は、知る人ぞ知る「零式戦闘機」(零戦)の設計者です。

実在の人物の半生を、美しい薄幸の少女菜穂子との出会いと別れ、そしてカプローニおじさんとの時空を超えた関わりをプラスすることで、完全なフィクションとして1930年代の青春を描いた異色の作品となっています。

 

ところで、堀越二郎は実在の人物ですから、本当の妻や子どもたちの現在が気になります。

また、作品ではのほほんとした性格に描かれていた二郎は、本当はどんな性格だったのでしょう?

詳しく調べてみました。

  • 妻や子孫(子供たち)の現在
  • 性格
  • プロフィールと学歴
  • 経歴

について調査してみました!!

目次

堀越二郎の妻や子孫(子供たち)は現在どうしている?

「風立ちぬ」の主人公である堀越二郎は、天才肌でありながらも純粋無垢で飛行機作りに一生を捧げながら、人生の伴侶となる菜穂子に惹かれ、そして菜穂子のことを思いながらも飛行機作りの日々に没頭しています。

しかし実在する堀越二郎は同じく飛行機作りに没頭し、仕事に対して一途でありながらも、菜穂子とのように描かれた劇的な恋愛劇を送ったわけではありませんでした。

 

実際の堀越二郎は映画のような劇的な恋愛を経ての結婚ではなく、お見合い結婚でした。

奥様の須磨子さんです。

優しそうで、お綺麗な方ですね~

こんなに素敵な方とお見合いしたのですから、もしかしたら二郎は一瞬で恋に落ちたのかもしれませんよ^^

 

そして結婚後には、6人のお子さんをもうけていたという情報があったのですが、詳しくわかったのは5人だけでした。

千鶴子さん(次女)…昭和9年生まれ。文華学園高等化卒業。

雅朗さん(長男)…昭和12年生まれ。東大法学部卒。

勇爾さん(次男)…昭和14年生まれ。慶大商学部卒。

郁子さん(三女)…昭和16年生まれ。お茶の水女子大学卒。

不二子さん(四女)…昭和19年生まれ。法大文学部卒。

ご兄弟全員、大変優秀な方ばかりですね〜。

現在、皆さんがどのような生活を送っていらっしゃるのか、詳しいことはわかりませんでした。

 

子ども達からみた父親像では、実在の二郎は映画のようなロマンチストではなかったそうです。
また、子どもに対してはスパルタ的な一面もあったそうですが、基本的には子ども思いの良き父親で、常識にとらわれず、子ども達のやりたいようにやらせる理解ある父親として慕われていたとのことです。

 

2013年「笑ってコラえて×ジブリ3時間スペシャル」に、二郎の長男である雅朗さん(当時75歳)が出演し父、二郎や母について語っていらしたことがありました。

お父さんの堀越二郎を息子からみれば
『自慢のライカで家族を写すのが好きな普通の父親』

 

「母は美人だ美人だと言われるけど、昔は歯がでていて口も閉じないくらいだったんですよ。歯を入れ歯にしたときに、引っ込めたからきれいになりましたね」

家族ならではのコメントですね^^

 

長男の雅郎さんは、堀越二郎の長男として資料の提供や取材に応じるなど、公の場に出ていました。

雅郎さんは大学卒業後技術者としての道は選ばずに、事務職として三菱系の旭硝子に就職し、役員まで勤め上げ引退。

現在は高齢のためか、公の場に出ることも少なくなっています。

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堀越二郎の性格

堀越二郎はこの作品の中で、何度も妹の加代に「薄情者です」と言われています。

しかし文字通り「情が薄い」人間なのであれば、あれほど深く菜穂子を愛することはないでしょうし、零戦開発への熱意も違ったかもしれません。

なのに加代から薄情者呼ばわりされるのは何故か…サクっと言ってしまえば二郎が「オタク気質」だからではないでしょうか。

ひとつのことに熱中すると、周りが見えなくなり他人や家族への配慮も忘れてしまう…。誰にでもあることではありますが、堀越二郎は天才であるがゆえに、その傾向が強いのだと思われます。

 

では、実在の堀越二郎の性格はどんな方だったのでしょう?

長男の堀越雅郎さんによると

「とても几帳面」「要求水準が高い」「子煩悩」だったようです。

出典:https://shuchi.php.co.jp/article/1579?

 

「几帳面」「要求水準が高い」という性格や、明治生まれの寡黙な技術者という背景から、子供達にも非常に厳しくて、父親の意見は絶対!!的な、怖い存在なのかな?

…と思いましたが「子煩悩」ということで、優しいお父さんでもあったようですね。

飛行機にまつわるエピソードは映画と重なる部分も多いですが、家族からみた二郎の話によれば映画の二郎と、実在の堀越二郎の性格には少し違いがあったようです。

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堀越二郎のプロフィールと学歴

堀越二郎のプロフィール

1903年(明治36)年6月22日ー1982(昭和57)年

(1903年は、ライト兄弟の飛行機が初めて空を飛んだ年です!)

 

群馬県藤岡市出身。

農家の四人兄妹の二男として生まれる。

飛行機に興味を持ったのは小学生の頃で、雑誌に載る飛行機の物語を読んでいつか自分の作った飛行機で自由に空を飛びたいと夢見ていました。

 

職業 航空技術者

雰囲気そっくりですね^^

堀越二郎の学歴

藤岡中学校

第一高等学校

第一高等学校 は、現在の東京大学教養学部および、千葉大学医学部、同薬学部の前身となった旧制高等学校です。「旧制一高」とも呼ばれています。

映画同様、頭脳明晰で中学校、高等学校をともに首席で卒業しています。

 

東京帝国大学工学部航空学科

東京帝国大学は東大の事ですね。

こちらも首席で卒業。( ゚Д゚)!ととと…東大も首席!!

 

なんともコメントしようがありません、頭脳明晰という四文字熟語では表しきれないですよ💦

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堀越二郎の経歴

現在の三菱重工業(当時は三菱内燃機製造)に就職し、最先端の航空機技術を学ぶ為にヨーロッパ、アメリカへ1年半派遣されました。

 

まあ、べらぼうに頭が良いわけですから、会社というよりは国が最も期待していた人物の一人だったのでしょうね。

 

その後、二郎は職場において頭角を現し入社5年目にして設計主任に抜擢され七試艦上戦闘機、九試艦上戦闘機の設計を行い、そして後に「零戦」と呼ばれるようになる零式艦上戦闘機を設計します。

 

映画ではこの零戦の設計で物語は終わっていましたが、戦後も二郎は飛行機のさらなる改善を追求しました。

 

新三菱重工業を退社した後、1963年から1965年にかけて、東京大学の宇宙航空研究所にて講師を務め、東大工学博士に。

1965-69年防衛大学校教授を務めたのち1972-73年日本大学生産工学部教授となります。

 

1966年に発生した英国海外航空機空中分解事故や1971年に発生したばんだい号墜落事故では、事故調査委員会の委員として、墜落事故の原因究明に尽力しました。

 

まさに「飛行機に自分の人生を捧げた」と言っても過言ではありません。

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まとめ

今回は、宮崎駿監督の平成最後の長編作品である「風立ちぬ」の実在した主人公

堀越二郎の妻や子供達の現在と、性格、プロフィールと学歴、経歴

について調査してみました。

 

群馬県の農家の次男として生まれ、

中学、高校、大学を全て首席で卒業し、国が最も期待していた一人でした。

 

現在の三菱重工業(当時は三菱内燃機製造)に就職し、入社5年目にして設計主任に抜擢され七試艦上戦闘機、九試艦上戦闘機の設計を行い、そして後に「零戦」と呼ばれるようになる零式艦上戦闘機を設計します。

戦後も二郎は飛行機のさらなる改善を追求し、まさに「飛行機に自分の人生を捧げた」方でした。

ご結婚は、映画のような恋愛ではなくお見合い結婚です。お子さんは6人もうけ、子供達からは、常識にとらわれず子ども達のやりたいようにやらせる理解ある父親として慕われていたとのことです。

 

作品の堀越二郎も素敵な方であったのですねすが、実在の堀越二郎さんも、とっても素晴らしい方だったのですね。

 

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投稿者 takochi